あなたの心に、あたたかい物語を。講談の世界に触れてみませんか? 上方講談師/旭堂南文字(きょくどうなもんじ)

名前
旭堂南文字
キャッチコピー
失われた日本人の心を取り戻す
一言
上方講談協会名古屋支部所属・東京在住。
日本にわずか120人の講談師として、古典・新作・講談 & 手話コラボまで幅広く手がけ、
物語の力で人と人を繋ぐ活動を続けています。

日本にわずか120人。失われゆく「日本人の心」を、講談で取り戻す

心から笑える居場所が、いつの間にか消えていませんか。
便利になったはずの毎日で、なぜか心が乾いていく。
その違和感の正体は、私たち日本人が大切にしてきた「物語で繋がる文化」を失ったからかもしれません。

こんなお悩みはありませんか

東京在住の上方講談師ですが、上方講談協会・名古屋支部所属の旭堂南文字です。

・人との繋がりに疲れてしまった。
・古き良き日本の価値観を知りたいけれど、触れる機会がない。
・商売を続けているけれど、なんだか心がすり減っていく。
・耳が聞こえないから、演芸や文化に触れることを諦めていた。

そんな声に、講談という伝統芸能でお応えします。

講談×脳科学×商売学、そして【講談 & 手話コラボ】という独自のアプローチ

講談は、日本人のDNAに刻まれた「物語を聞く文化」そのものです。
紙も印刷もなかった時代、人から人へ口伝えで受け継がれてきた物語には、現代人が忘れかけた「心を整える力」が宿っています。

物語を聞いて情景を想像することは、右脳を活性化させることだと言われています。
講談の世界に入ることは、瞑想にも似た非日常体験。
日常から少し離れて、心を解放する時間をお届けします。

さらに、日本に老舗企業が世界一多い理由を「お互い様」「三方よし」の精神から読み解く講談ビジネス論や、聾者と健聴者が横並びで演じる「講談 & 手話コラボ」など、伝統を守りながら時代に合わせて進化させる独自の切り口で活動しています。

あなたが得られる、3つの変化

  • 心から笑える居場所を見つけ、人との繋がりの温かさを取り戻せます
  • 物語の世界に没入することで、日常のストレスから解放され、心が整います
  • 日本人としての誇りや「お互い様」の感覚が呼び覚まされ、仕事や暮らしの軸が定まります

なぜ、旭堂南文字が選ばれるのか

私は日本にわずか120人しかいない講談師のひとりとして、古典講談の継承はもちろん、新作講談、講談 & 手話コラボ、企業向けの講談ビジネス論まで、幅広い活動を展開しています。

特に、講談 & 手話コラボは浅草木馬亭での講演を満席にしたことがあるという話題の取り組みです。
「耳が聞こえない方は演芸に縁がない」という常識を覆し、聾者の方が横に立って一緒に演じることで、誰もが表現者になれる世界を作っています。

東京に住んでいますが、上方講談協会名古屋支部所属という越境スタイルで、必要あらば、どこにでも行くという行動力。
「この人いいな」と思ったら諦めずに繋がりに行く姿勢こそが、数々の奇跡的な出会いと、唯一無二の講談の世界を生み出してきました。

失われつつある日本人の心を取り戻す旅に、あなたも一緒に出かけてみませんか。

パソコンも苦手だった私が、日本に120人の講談師になるまで

私も以前は、自分の人生にこれといった情熱を持てずにいました。
トラックの運転席でラジオを聞きながら、「このまま何者にもなれずに終わるのかな」と、ぼんやり思っていた日々がありました。

何を探しているのかも、わからなかった日々

トラックドライバーとして全国を走り回っていた頃、毎朝聞いていたラジオ番組がありました。
そのパーソナリティの声が好きで、淡々と運転しながら耳を傾けていたのです。

でも、日々の仕事をこなすだけの毎日で、心のどこかに「このままでいいのか」という小さな引っかかりがありました。
人と深く繋がることも、何かを表現することも、自分には縁のない世界だと思っていました。

当時はパソコンだってまともに使えませんでした。
メールの出し方すら、よくわからない。
今の時代、普通の人が当たり前にやっていることが、私は苦手でした。

「なんじゃこれ」から始まった、運命の出会い

ある日、いつも聞いていたラジオのパーソナリティが、実は講談師だと知りました。
そしてその人が、名古屋の演芸場に出演するというのです。

好奇心だけで足を運んだその日、私は講談というものを初めて聞きました。
そして頭の中に浮かんだのは、ただひと言、「なんじゃこれ」でした。

落語は「聞くだけ」で満足できたのに、講談は違ったのです。
話が途中で「続きは次回」と終わる。
本題に入る前に10分も関係ない話が続く。
何もかもが衝撃で、でもなぜか、心の奥が震えました。

気づけば私は、「自分もやってみたい」と思っていました。
人生で初めて、何かを本気でやりたいと感じた瞬間でした。

諦めなかったから、繋がった縁

でも、習い方がわかりません。
東京で教室を探してみたけれど、どうもピンとこない。
大阪にしようと決めたものの、今度は申し込み方がわからない。

途方に暮れていたその時、Facebookで偶然繋がっていた大阪の方が、講談会の告知を投稿してくれたのです。

その会場で、今の師匠と出会いました。
それから毎月、名古屋から大阪へ通う日々が始まりました。

師匠もはじめ「続くわけがない」と思っていたそうです。
でも私は、諦めなかったのです。
その姿を見た師匠が「それなら私が名古屋に行きましょう」と言ってくださり、今では名古屋に7人の講談仲間ができています。

失われつつある「日本人の心」を、一緒に取り戻したい

講談を続けるうちに、私は気づきました。
日本人には、物語を口伝えで受け継いできた長い歴史があること。
「お互い様」の精神で助け合い、コミュニティの中で心を通わせてきた文化があること。

便利になった代わりに、私たちはそれを少しずつ失ってきたのではないか。
そう思うようになりました。

耳が聞こえない方にも演芸を楽しんでもらえるよう、講談 & 手話コラボにも挑戦しています。
商売の世界にも、講談で伝えられる「三方よし」の考え方を届けたいと思っています。
「人と人が顔を合わせる」という、当たり前だったはずの温かさを、もう一度みんなで共有したいのです。

今こうして全国を飛び回っているのは、諦めなかったからだけではありません。
出会ってくれた人たちがいて、応援してくれる人たちがいたからです。

次は、あなたと講談の会場でお会いできる日を、楽しみにしています。

もしあなたが、日々の忙しさの中で心が少し乾いていると感じているなら。
もしあなたが、心から笑える場所や、人との温かい繋がりを求めているなら。
どうぞ一度、講談の世界に足を踏み入れてみてください。

上方講談師/上方講談協会名古屋支部所属・東京在住
旭堂南文字

この記事を書いた人

まみ助

「読む人を物語の世界に引き込み、感情を体感させる」ことを信条とするストーリーテリングが強みの編集ライター。関わった書籍は商業出版では60冊以上、自費出版では70冊以上。人物の本質に迫るインタビューには定評があり、「文章だけで描く似顔絵師」の異名を取る。すべての登場人物のペルソナを丁寧に作り上げてから物語を紡ぐため、作品には高いリアリティを誇る。「無理のない範囲で、自分のできることをする」「常識を打ち破れ!」をモットーに、信頼関係だけで繋がるチームメンバーと一緒に活動中。

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