治療しながら、輝き続ける。その姿が、誰かの希望になる。-諏佐友佳子-
- 名前
- 諏佐友佳子
- キャッチコピー
- スキンヘッドのファイナリスト
- 一言
- 乳がん治療中のコンテスタント。スキンヘッドでステージに立つことで、「逆境を希望に変える」ことを使命に、同じ境遇の人、何かに挑戦したい人の背中を押す。
私の挑戦を、一緒に見届けてください。
スキンヘッドで、ドレスを着て、ステージに立つ。
「今の私」が、誰かの希望になる。
病気になったから、髪がないから、まだ本調子じゃないから。
そう言って、自分を後回しにしていませんか?
乳がん治療中・スキンヘッドのまま、
ミセスインターナショナルコンテストに挑戦しているコンテスタント、
諏佐友佳子です。
「完璧になってから」ではなく、今のありのままの姿で輝くこと。
その実践そのものが、私のメッセージです。
「病気になったら、夢は後回しにしなきゃ」と思っていませんか
治療しながらでも、人前に出たい。
でも「こんな状態で出ていいのか」という迷いが、足を止める。
特にAYA世代(15歳から39歳でがんを経験した方)は、
就職・進学・結婚、これからというタイミングで病気と向き合うことになります。
前を向きたいのに、ロールモデルがいない。
同じ経験をした人の「その後」が見えない。
そのもどかしさを、私は当事者として知っています。
私が届けているもの、それは「生きている見本」
ミセスインターナショナルは、外見だけを競うコンテストではありません。
健康であること、社会貢献への意志、
そしてどんな状況でも自分らしく輝く在り方が問われます。
抗がん剤の副作用と向き合いながら、
フィットネス審査のポージングを練習する。
スキンヘッドでドレスを着て、エレガントに歩く練習をする。
30秒のスピーチに、自分の言葉を込める。
その一つひとつのプロセスをオープンに発信することで、
「私も諦めなくていいかもしれない」と感じてもらうこと。
これが今、私にしかできない価値提供だと思っています。
私の発信を通じて、あなたが感じられること
- 病気や体の変化と向き合いながらも、夢を持っていい、と思えるようになる
- 「完璧じゃない今の自分」を肯定するきっかけが生まれる
- AYA世代のがん経験者として、孤独を感じている人が「同じ人がいる」と知れる
- 治療と夢を両立している実例を、リアルタイムで見続けられる
- 将来のコーチング・ピアサポート活動を通じて、一緒に前を向く場が生まれる
なぜ諏佐友佳子が「届く」のか
同じようなメッセージを発信する人はいます。
でも、今まさに抗がん剤治療を受けながら、
スキンヘッドのままコンテストのステージに立とうとしている人は、ほとんどいません。
「乗り越えた人の話」ではなく、
「今、戦っている人の話」だから届く。
きれいに編集されたサクセスストーリーではなく、
治療の疲れが残る体でウォーキングを練習している今のリアルだから、刺さる。
髪がなくてもドレスを着られる。
治療中でも夢を持っていい。
「弱さ」だと思っていたものが、実は一番強いメッセージになる。
それを、自分の体で証明し続けています。
「こんな状態で、人前に出ていいわけがない」と思っていた私が、
スキンヘッドでステージに立つことにした理由
以前の私は、自分から前に出るのが苦手でした。
発信しようとしては止まり、声をかけようとしては躊躇し、
「何者でもない自分」をどこかで持て余していました。
そんな私が今、抗がん剤治療を受けながら、
ミセスインターナショナルコンテストに挑戦しています。
教員を辞めてから、ずっと「何者でもない」感覚があった
学校の先生を辞めた後、
事務職、ウェブライター、SNS運用の勉強と、
いろんなことに挑戦してきました。
でも何かを始めるたびに中途半端で終わってしまう。
「自分には人を動かす力がない」と、心のどこかで決めつけていました。
発信も苦手でした。
インスタを更新しようとしても
「こんなこと投稿して引かれないかな」と考えて手が止まる。
人に声をかけようとしても、一歩が踏み出せない。
変わりたいとは思っていました。
でも変わり方がわからないまま、時間だけが過ぎていました。
告知を受けた。そして、どん底で一通のメッセージが届いた
乳がんの告知を受けたのは、そんな時期のことです。
抗がん剤治療が始まり、予告通り髪が抜けました。
副作用がつらい日は、本当に気力がなくなります。
治療から帰ってきてそのままベッドに倒れ込む日もある。
「もういいや」という気持ちで、
弱音をインスタのストーリーに載せたこともありました。
その投稿に、しばらく連絡を取っていなかった友人からメッセージが届きました。
「小学生の頃から抗がん剤を打っている女の子がいて、今は5年生。
髪型も可愛くして、元気に学校に行ってるよ。
だからゆかちゃんも頑張って」
読んだ瞬間、何かが変わりました。
私がどん底だと感じていた状況を、その子はずっと前から生きていた。
そして今、普通に笑っている。
「私の今を見せることで、同じ状況の誰かが少し楽になるなら、隠している場合じゃない」
初めてそう思えた瞬間でした。
「出てみない?」の一言で、3日後には会いに行っていた
「いつかコンテストに出てみたい!」
と知り合いに話をしたら
その日のうちに紹介を受けて
3日後には、
ミセス・インターナショナル、ナショナルディレクターの
伊藤桜子さんに会いに行きました。
私の話を聞いた桜子さんが、
「あなたのその前向きな姿は、コンテスタントとして強みになりますよ!」
ととびきりの笑顔で言いました。
私は帰宅してからも
桜子さんの笑顔が忘れられず
「やっぱり治療後ではなく、今挑戦したい!」
と思って
すぐに電話して
「挑戦したいです!
でも、このあと副作用で髪が抜けて肌がボロボロになるかもしれません。
それでも、出場したいです!」
と伝えました。
電話の向こうで、桜子さんが
「よし!やりましょう!ついてきてください!!」
と言ってくださって、出場が決まりました。

AYA世代の誰かに、「諦めなくていい」を届けたい
AYA世代と呼ばれる15歳から39歳のがん患者には、
手厚い小児医療の補助も、大人向けの社会保障も届きにくいという現実があります。
就職・進学・結婚、これからというタイミングで病気になり、
前を向きたくても、同じ経験をした人の「その後」が見えない。
私はその当事者として、今まさに進んでいる途中です。
将来は、AYA世代のがんサバイバーが繋がれるピアサポートの場をつくりたい。
「変わりたい」と思っている人が一歩を踏み出せるコーチングをしたい。
いつかは地元・奄美大島で、夢を持つ人たちが集まれるイベントを開きたい。
やりたいことはたくさんあります。
まだ形になっていないものもたくさんあります。
でも、「変わろうと思った瞬間に来た話だった」という感覚が、今も続いています。
その流れを信じながら、一歩ずつ動いています。

私の挑戦を、一緒に見届けてもらえませんか。
乳がん治療中・スキンヘッドのまま、
ミセスインターナショナルコンテストに挑戦しています。
グランプリを目指すことはもちろん、その先にはもっと大きな夢があります。
AYA世代のがんサバイバーが「諦めなくていい」と思える場所をつくること。
病気と向き合いながらも輝いている姿を発信し続けること。
いつか、同じ経験をした人たちが繋がれるコーチングやピアサポートの活動をすること。
その夢に向かう第一歩が、このコンテストです。
あなたの応援が、私の力になります
「頑張れ」の一言が、本当に力になります。
治療の疲れが残る体でウォーキングを練習する日も、
スピーチの言葉が見つからなくて悩む夜も、
応援してくれる人がいると思うだけで、また立ち上がれます。
InstagramやTiktokで挑戦の様子を発信しています。
フォロー、いいね、応援コメント、どんな形でも嬉しいです。
「見ているよ」と伝えてもらえるだけで、十分です。

コンテストまで、一緒に走ってください
本番は4月29日(水・祝)です。
スキンヘッドでドレスを着て、ステージに立ちます。
その姿が、同じ状況で悩んでいる誰かに届くことを信じて。
あなたの応援が私を押し、私の姿がまた誰かの背中を押す。
そんな連鎖を、一緒につくってもらえたら嬉しいです。
応援・お問い合わせはInstagramのDMからどうぞ
「応援しています」の一言でも、ぜひ送ってください。
必ず返信します。
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